ネットワークケーブルも無線LANもいらないLANインフラとしても期待されるPLC(電力線搬送通信)だが、実用化への課題はまだ存在する。

 
電力線に通電している電力周波数と異なる周波数帯の信号を重ね合わせることで、電力線をネットワークケーブルとして利用する技術が「PLC」(Power Line Communications:電力線搬送通信)だ。コンセントに差し込むだけでネットワークが利用可能になるという利便性もあり、実用化に向けた気運が高まっている。


 PLCの技術そのものは以前から存在しており、現在の電波法下でも10kHz〜450kHzの周波数帯を利用できるが、この周波数帯を利用する限りでは最大でも数Mbpsのスピードしか実現できず、普及しているブロードバンド環境を考えるとパフォーマンス不足の感が否めない。


 そこで、より高い周波数帯(2MHz〜30MHz)を利用することで、最大で200Mbps(理論値)もの高速なデータ転送が可能とする技術が開発され、北米地域ではすでに対応製品(Panasonic製のPLCアダプタ「BL-PA100A」)も販売されているが、日本ではいまだ製品化されていない。

 高速化を進めることで、ブロードバンド時代のネットワークインフラとしての存在感を高めたいPLCだが、いくつかの課題も存在する。

  1. 実用化への課題は漏洩するノイズ


 日本国内における実用化に際して、最も大きな課題はPLCが使用する周波数帯が短波帯と重なるために短波ラジオアマチュア無線、電波天文観測などへ影響を及ぼしてしまうことだ。特に、既存の設備では機器やケーブルからの漏洩電界(ノイズ)が避けられず、周囲の機器へ大きな影響を与えてしまう。

 しかし、政府が7月26日に発表した「e-Japan 重点計画 2006」(PDFファイル)にもユビキタスネットワーク社会の実現に向けての具体的な施策としてPLCの活用が明記されており、PLCは推進されていく方向であることが分かる。

 そうなると課題は漏洩電界をいかに抑えるかになるが、東京電力ソフトバンクBB総務省関東総合通信局の認可の元、7月から漏洩電界の抑制実験を行い、効果的な抑制方法を模索している。

 PLCには大きく分けて、最寄りの基地局から加入者宅まで(ラストワンマイル)に利用するケースと、加入者の宅内で利用するケースが考えられるが、同社では家庭内LANとして利用する形態を想定している。「ユビキタスネットワークの実現のため、PLCは有効な手段になりうる」(ネットワーク本部 IPモバイル技術部 システム検証グループ マネージャー 菅原裕樹氏)

 「1家に複数台のPCがあることも珍しくなくなったが、PLCは電源コードを差し込むだけでネットワークが利用できる。それに、ネット家電の場合はコンセントとネットワークケーブルをそれぞれ接続するより、PLCを利用して電源コード1本ですべてをまかなう方がより高い利便性を提供できる」(菅原氏)

 今回、ソフトバンクBBが実験で検証しようとしている目的は2つ。ひとつは家庭内LANのインフラとしてPLCが実用的なものであるかの検証、もうひとつは漏洩電界の抑制方法だ。


 LANとしての実用性については、同一環境下の無線LANIEEE 802.11g)とほぼ同等のスループットが得られ、通信距離も170メートル程度までなら減衰せずに利用可能であることが確認できたという(ちなみに、工法などによって差は発生するものの、2階建ての家屋でも必要となる通信距離は長くても数10メートル程度であるという)。

 漏洩電界の抑制について同社が検証を進めているのは、PLCアダプタと壁のコンセント間をつなぐコードについてだ。電力線自体はPLCで利用するような高周波(2MHz〜30MHz)を流すことを想定していないので漏洩しやすく、また、この周波数帯はマンションなどで利用されることも多いVDSL モデムへ影響を与える可能性が高い(VDSLADSLとは異なり、3MHz以上の周波数帯も利用するため)。

 菅原氏は「VDSLとPLCの機材を10センチ程度離せば、漏洩電界による影響はほぼなくなる」というが、家庭内での利用シーンを想定すると通信機器同士を必ず10センチ離して設置してもらえるとは限らない。そこで同社は室内における対策が必要と考え、実験を進めてきた訳だ。

 現在同社が実験している方法は2つ。「コードに導電性テープを巻き付け、チョークコイルによる低減BOXを挟み込む」「シールドスリープと呼ばれる金属性のチューブをコードにかぶせる」だ。双方とも抑制には一定の効果が見られ、最大でマイナス20デシベル程度の低減効果があったという。



 ただ、コードをシールドすれば抑制効果があるのは当たり前といえば当たり前の話ともいえる。PLCアダプタを消費者へ提供するメーカー(あるいは通信事業者)がシールド付きコードを標準添付するなどの対応が求められるだろう。

    1. 有線/無線LANとどのような関係を築けるか


 総務省は今秋にも、PLCの実用化を認めるかどうか、認めるならば漏洩電界の許容量をどれぐらいとするのかを発表すると見られている。しかし、規格と技術がレディの状態となっても、普及するかは別の問題だ。


 ソフトバンクBBの想定する宅内利用に関する限り、先行するLAN技術である無線LANより明確なメリットを示せないとネットワークインフラとしての存在感を示すことはできないだろう。確かに「コンセントにつなぐだけ」という利便性はあるが、PLCモデムの小型化はまだ十分に進んでおらず、しばらくの間はノートPC用ACアダプタ程度のボックスをつながなければならない可能性が高い。

 ただ、PLCは有線ネットワークなので、無線LANよりも通信の安定性が期待できる。PLCの実用化についてソフトバンクBBは「現在は検証段階。事業化するかは未定」としているが、菅原氏は「PLCの利便性と安定性は、無線LANと補完関係を築くのにふさわしい」(菅原氏)ともコメントしている。現在普及している有線/無線LANとどのよう関係を築けるかが、PLCの普及を左右しそうだ。